「手話でつなぐ願い」〜医療通訳の普及に向けて〜

病院で診察を待つ聴覚障害者が、名前を呼ばれたのに気づかず、待ちぼうけをさせられる。昔は本当にあったことだそうです。聴覚障害のある枚方市の島田二郎さん(68歳)が教えてくれました。今は、肩をたたいて知らせてくれるそうですが、それでも、聴覚障害者が病院で医師とコミュニケーションを取ることは簡単ではありません。島田さんは、耳が聞こえない患者と医師の会話を手話で取り持つ医療通訳の必要性を訴え続けています。
島田さんは40年前、1歳だった長女を亡くしました。天然痘の予防接種を受けた長女は、腕が腫れ上がりましたが、連れて行った病院では採血だけで帰されたため、島田さんは軽く考えていました。しかし、その日の深夜に容体が悪化。長女は脳炎で息を引き取りました。
「医師ときちんと意思疎通できていなかった。病院に手話通訳がいたら、娘は死なずに済んだのでは」。そう感じた島田さんは、手話の普及などに関わり、昨年1月、聴覚障害者らを支援する市民団体「枚方市の医療通訳を実現させる会」を設立。同市民病院への通訳の常駐を求めています。
医療通訳は、日常生活の会話と違い、患者の理解度を見極める必要があるといいます。
「明日、胃カメラ検査をするので、ごはんを抜いて」。そう言われたのに、食事をして来た人がいたそうです。手話通訳が「ごはん」を白米の意味で伝え、「パンは食べてもいい」と誤解したのです。「おなかを空っぽに」と訳すべきでした。また、生まれつき耳が聞こえない人は、医療用語を知らないケースも多く、易しく言い換えなければいけません。医療通訳の役割が、とても重要だと分かります。
取材の途中、島田さんが言った言葉が印象に残っています。「耳が聞こえる人の中では、私たちが障害者だが、手話ができない健聴者は、私たちの中ではある意味で『障害者』になる。障害の有る無しは、相対的なものでしかない。耳が聞こえるかどうかに関わりなく、誰もが等しく、安心して暮らせる社会にしたい」。島田さんの取り組みが、広く理解されることを願っています。

読売新聞枚方支局 中田 敦之(平成23年10月1日~)

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